1月,2月にかけて弊社で初めての試みとして「最先端映像ワークショップ」を開催しました。
CMやコンピューターグラフィックスの世界で活躍されている尾小山良哉監督に担当して頂きました。
監督が作るTV CMの映像はみなさん結構目にしていると思います。
最近では『ヴィダルサスーン』の髪が優雅にたなびく絢爛豪華な映像や、『パナソニックのビエラ』の街を疾走するF1のCM演出等がテレビで見られます。
CMやCGのクリエーター達は発注者に対しプレゼンテーションし、仕事を勝ち取ることにより
はじめて実際の映像を作ることに至るわけですが、その段階では具体的に完成された映像はまだ監督の頭の中だけにしかありません。しかし、そこに企業は広告宣伝費として何千万円も掛けたりします。
ですから、クリエーターにとってゼロの状態からイメージを膨らませていき実写と融合させ新たな世界を築き上げる作業は常にセンスとか才能とかを非常に厳しく問われる状況に置かれます。
そういういわゆる最先端な映像において、クリエーターは俳優に対して何を求めるか?
監督が言うには「俳優にも表現者としてそこに居て欲しい」ということだそうです。
もし監督の指図だけでしか動かない俳優なら、CGで人間の形をしたモノを造ればいいわけです。
では、どうすべきか?俳優は仮想空間の中、何をよりどころにして、そこに居れるのか?
それは「自分自身が持つオリジナリティに向き合う術を身につける」ということであると監督は言います。
尾小山監督のワークショップは表現するための技術を試すのではなく、自分のCOREを見出す方法を体系的に探る内容になりました。まずそれを見つけて、そこから多様に表現を広げていく。
まさにワークショップだからこそ、時間をかけて探ることが出来たのではないかと思います。
そしてそれは同時に、非常に緊張感のある最先端の映像世界で、センスや才能という言葉ばかりに左右されるのではなく、今現在生きている尾小山監督の処世術でもありました。
同時期に併行して、やはり弊社に初めて来て頂く森義隆監督のワークショップも開催しました。
監督はテレビのドキュメンタリーを数多く作っていらっしゃいます。
去年公開された映画『ひゃくはち』はそのドキュメンタリーの手法を用いて演出されました。
映画の終盤、主人公である高校野球部補欠部員2人のむき出しのドラマが見事にスクリーンに映し出されます。
ドキュメンタリーは対象となる人間のエッセンスを作り手が確実に汲み取り、再構成して完成される作品だと思います。そこにはもちろんテクニックが介在しますが、元来は人対人の真っ向からの勝負です。
森監督のワークショップは「インタビュー」という形をとって、人間を見つめるところから始まりました。
探っていくとやがては、そこにいる俳優は、そこにいる人として「魅力があるか?」というところに辿りつきました。
つまりその魅力こそが、そこに居るその人間の揺るぎないオリジナリティであり、リアリティであり、そしてそれこそが表現の核であるのだということが感じられました。
この2つのワークショップを通して、俳優というのはまず自らのオリジナリティを探り見つけだし認識することが大切なのだということを、あらためて考えさせられました。
それはごくごく単純に、今自分は何を感じ、何を考え、そして何を大切に思っているかということを自分自身に問いかけることであるのだと思います。
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「魅力があるか?」大きなテーマです。森監督のワークショップに参加できたことで、改めて『感じること』に貪欲でありたいと思いました。
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