















スタッフKです。
曇り空。
東京湾を一望。
湾には大小、様々な船。そして上空には旅客機が飛び交う。
若洲海浜公園。

埋め立て地の方に伸びている工事中の橋脚。
橋脚のむきだし。
高速道路かな?

埋め立て地はいつ頃から「夢の島」と名付けられたのかな。
日本の様々なところから。
そして海外から。
夢を求めて東京に人々はやってくる。
東京は夢を叶える場所か?
一方では夢敗れていくものたちもたくさんいるはず。
私の友人たちも。
多くが夢を置き去りに東京を離れた。
夢の島には東京に置き去りにされた夢が埋まっているのかも知れない。
ふと、そんな事を思っていた20年も前を思い出す。

橋脚のむきだしと高良健吾



スタッフKです。
常磐道、東海パーキング。
東海と言えば東海大相模を連想。
小学生の頃、神奈川県の高校野球では東海大相模高校が強く、連続して全国大会に出場していた。
自分は東海大相模の原辰徳に憧れ、野球を始めた。
まわりの友達も皆、そうだった。
楽しくやる野球から競争になっていく野球に自らビビり、このメンバーでは中学でやってもレギュラーは無理と判断。勝手に挫折して、中学ではハンドボール部を経由して水泳部。
一応、中学三年時には県大会までいくものの、市での栄光とプライドは県ではズタズタになり、これじゃ全国はどんなレベルなんだよ~。と現実を思い知らされる。
一方、野球を何故続けなかったか~。
たとえ、レギュラーになれなくても、やり続けなければ見えない事がある。
横浜高校の渡辺元智監督も山登りでも登ったものしかわからない、見ることしか出来ないものがある。と言っていたっけ。
登る高さによって、その見えるものは違うかも知れないが、登ったものと登らないものでは大きな違いだろう。
木村大作監督の「剣岳」。
映画にこだわり続けた男の頂上作品と賞賛したい。
東海パーキングから始まり、なぜか、とりつかれたように剣岳につながってしまった。

皆様こんにちわ。アプレ所属の瑠川あつこです。

「その時歴史が動いた」という番組が好きだった。
番組を見る度に新しい発見があったから。
番組の終わりに松平定知アナが語り読む言葉。
それが凄くよくて、自然と背筋が伸び、歴史上の人物と向かいあった気持ちになれた。
番組のおかげで様々な過去を教わり、つながりを持てた。
坂本龍馬の妻、おりょうの墓が横須賀にある事とその墓石に坂本龍馬の妻と彫ってある事を番組を通じて知り、墓参りに何度か訪ねるきっかけとなった。
おりょうの没年は明治。
明治時代となるとかなり遠い昔に感じるが、自分が誕生するわずか百年前ほど。つい最近に感じてしまう。
私の祖父は明治生まれ。三年程前に他界したが、日清、日露戦争の頃に生まれ、関東大震災や、太平洋戦争を経験した。
祖父からは自分が死に物狂いに必死に生きた頃の話や、祖父が両親から聞いたという江戸時代の話も聞いたりした。
子供の頃は江戸時代や明治時代が、すぐそこにあった。そう感じられたのも祖父の語り伝えの賜物であると思う。
そうやって、たとえ格好悪くても必死に生きてきた事をつなげて伝えて行かなければならないことがあるような気がする。
NHKの「その時歴史が動いた」は終わってしまったが、私の今日のその時は進行中だ。


でわでわ。
こんにちは。
この度新しく所属させていただくことになりました、宮本りえと申します。
梅雨の季節ではありますが、カラッと心機一転し、成長していきたいと思います!
どうぞ宜しくお願いいたします。
